生き物と生き物が一緒に暮らすということの奥義

シロアリの共生原生生物に関する進化学的研究
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シロアリは家を食い荒らす害虫として有名ですが、自然界では害虫どころか無くてはならない益虫として働いています。まずはじめに、このシロアリが自然界の中でどのように働いているかを見てみましょう。
地球の陸上生態系の一次生産者である植物は、太陽光と二酸化炭素から糖を作り出して自らのエネルギー源として用いると共に、他のほぼ全ての生き物のエネルギー源として使われます。植物の体は、結晶性セルロースと呼ばれる非常に密な分子構造を持つ物質からできています。この結晶性セルロースは大部分の生物がエネルギー源として利用可能なブドウ糖の重合した多糖であるにも関わらず、そのひも状の分子が緊密により合わさって結晶構造を作っているため、分解してブドウ糖を作るための分子機会=酵素が効果的に働くことが難しく、効率的に分解して利用することが難しい物質となっています。そのためそれらの結晶性セルロースは植物の体のかなりの部分を占めているにもかかわらず、植物が枯れた後、容易に他の生物によって利用されることなく森林中に残存し、使われないままにたまっていくことになってしまいます。
しかし、多くの種類のシロアリは、この結晶性セルロースを含む全ての木質成分を分解することができます。これまでの研究の結果から、腸の中に原生生物が住んでいる下等シロアリというシロアリの場合は、その原生生物が。また、原生生物が住んでいないシロアリでは、シロアリが栽培するキノコによって分解される可能性が示されています。しかし、原生生物やキノコがどのようにして結晶性セルロースを効率よく分解するのか、また原生生物も栽培キノコもどちらも持たないシロアリではどのようにして分解が行われるのか全く分かっていません。それが分からない理由は、多くの場合、シロアリを助けるそれらの生き物(この様に複数の生物が生存のためにお互いに深く関わり合って共に生きることを「共生」といいます)=共生微生物を単独で培養することが難しいため、それらの生き物を詳しく調べることができないためです。
このように、シロアリは、単独ではなく腸や巣の中で共に生きる共生微生物の力を借りて、枯れた植物の容易に利用できない部分を分解して、自らのエネルギー源とします。一方で、シロアリは多くの他の動物の餌として食べられる運命にあります。つまり、シロアリは森林のゴミを分解して、他の動物の餌を作っている(シロアリ自身が他の動物の餌...)ということになります。
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日本を含む温帯林には主に腸の中に原生生物が共生している下等シロアリが棲息しています。その腸内には、多数の原生生物が棲息しており、セルロースの分解を行っていると考えられます。また、原生生物とは私たち動物と同じ真核生物ですが、高等な真核生物で見られる細胞内の複雑な小器官がほとんど見あたらず、非常に単純な作りをしていることも知られています。そのため、これらの原生生物は非常に原始的な真核生物であると考えられています。
私たちの研究室では、シロアリの共生微生物の内、主にこれらの原生生物に焦点を当て、上の図に示したような、非常にユニークな様々な性質を明らかにしていこうと考えています。
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これらの共生原生生物の生物学的な諸性質が、これまでほとんど知られてこなかったのは、これらの原生生物の培養が非常に困難であるためです。そのため我々は単離培養を経ることなく、直接これらの生物を調べるために、これらの原生生物より直接遺伝子を取り出し、その解析を通じて様々な性質を明らかにすることを試みています。
大きく分けて二種類のアプローチ法を我々は開発して利用しています。ひとつは腸の中の原生生物の中で実際に使われている遺伝子(伝令RNA)を、原生生物の集団から直接抽出して、遺伝子ライブラリーとして保存・解析するという方法です。この方法を用いると、共生原生生物の中で実際に働いている遺伝子を網羅的に集めることができます。その上で、配列から様々な機能を推定することによって、原生生物集団中でどのような生化学的な反応が起こって結晶性セルロースを効率よく分解しているのか、あるいは原始的な真核生物では高等な真核生物とどのような点が異なっているのかという様々な疑問に答えていくことが可能です。
もう一つの方法は、PCR法という方法を用いた方法です。PCR (Polymerase chain reaction)とは、DNAの複製酵素を用いて連続的に遺伝子断片を増幅する方法で、この手法を用いると数分子のDNAから欲しい配列を増幅して得ることができます。我々はこの方法をマイクロマニピュレーターと組み合わせ、たったひとつの細胞から欲しい遺伝子配列を得る方法を開発しています。それによって、ライブラリーで推測された様々な機能を司る遺伝子が実際にどの原生生物で働いているのか、また予想される機能に関連する遺伝子が実際にその(どの)原生生物で発現しているかどうかといったことを調べることができます。またこれらの原生生物の進化の段階を調べるための物差しとして使われる特定の遺伝子の配列を、任意のどの原生生物からでも得ることも可能となります。
この様な手法を用いることによって、初めてこれら培養困難な微生物の重要な生物学的機能や性質を知ることができるのです。地球上の微生物の内、培養に成功しているのはわずか0.1%であるという報告もあります。ということは、地球上の大部分の生き物はまだ科学的に調べられていないことになります。私たちの行っているようなこれらのアプローチは、こうした次世代の生物資源へアプローチするのに必須の技術となることでしょう。
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シロアリ腸内の共生原生生物がどのように結晶性セルロースを分解しているかという問題については、遺伝子ライブラリーを用いた解析を行っています。原生生物の主な機能はシロアリの取り込んだ植物枯死体の分解であると思われます。そのため、おそらくそれに関連する分子機会=酵素=セルラーゼを作るための遺伝子がたくさん使われているはずです。そのような仮定のもとに、遺伝子ライブラリーの中身をランダムに大量に配列決定し、どのような遺伝子が原生生物集団中で発現しているのか、大まかなプロフィールを知ることを試みています。日本には、湿った倒木を食べる湿材シロアリ(オオシロアリ)、半ば地下に埋まった倒木や立ち枯れ木を食べる半地下型シロアリ(ヤマトシロアリ、イエシロアリ)、乾いた枯れ枝を食べる乾材シロアリ(コウシュンシロアリ・ダイコクシロアリ・カタンシロアリ)が、本州から最南端の八重山諸島にかけて分布しているので、そのそれぞれについてプロフィールの作成を試みると共に、シロアリの祖先である木材食性のゴキブリに最も近いとされる、ムカシシロアリを唯一の生息場所であるオーストラリアのトップランドより採集・輸入し、併せて解析を行っています。
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共生原生生物の原始的真核生物としての興味は大きく分けて二つあります。ひとつは、これらの原生生物が実際に原始的な真核生物であるのかどうかという問題です。これは、一般に考えられているほど簡単な問題ではなく、今なお世界中の分子進化学者が議論を戦わせている分子進化学の最も興味深い一分野です。われわれは培養ができないためにこれまでほとんど解析の手が入ってこなかったOxyomads属の原生生物を常時ハンドリングできる研究室として、その分子系統学的な知見の蓄積に貢献しています。また、この分野でもっとも大きな問題である真核生物の全体系統樹の構築に関しても、多タンパク質配列を用いた解析を用いて、確率論的に充分な支持が得られる系統関係の推定を行うべく、データの収集と解析の最適化に向けての試行錯誤を行っています。
もう一つの興味は、これらの原生生物の「原始的」形質に関する問題です。たとえば、真核生物の微小管系は分子進化学的な解析の結果、真核生物の進化の初期に大きく二つの進化経路に分かれる可能性がわれわれの行った解析の結果から示唆されています。また、ミトトンドリアの祖先バクテリアは同時に嫌気的な真核生物の持つハイドロゲノゾームと呼ばれる細胞内小器官の由来にもなった可能性が示されていますが、シロアリの共生原生生物は全て嫌気性真核生物であることから、その遺伝子を用いて、その可能性の当否に関する解析を行っています。この様に、真核生物の進化の初期にどのような出来事が起こったかを、これらの共生原生生物の遺伝子を分子進化学的に調べることによって推測することが可能であり、私たちはこれらの原生生物を原始的真核生物のモデル生物として位置づけて、今後様々な解析を展開していくことを考えています。
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